上下水道のいらない手洗いスタンド「WOSH」と、開発に携わった前田瑶介さん
=6月、東京都豊島区
私たちの生活に欠かせない水。しかし、近年の気候変動による 渇水などで、世界では約20億人が安全な飲み水を手に入れられないのが現状です。国連の SDGsエスディージーズ (持続可能な開発目標)の6番目の目標は「安全な水とトイレを世界中に」。日本でも、地震などで水道が使えなくなることがあります。どこでも、どんな時にでも、安全で清潔な水が使えるようにしようと取り組む人たちがいます。
(浴野朝香、中田美和子/朝日中高生新聞 2021年12月12日)
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大気汚染物質など除去し飲料水に
福井工業大学教授・笠井利浩さんら装置開発
雨水を水資源として有効に活用しようと研究するのは、福井工業大学環境情報学部環境食品応用化学科教授の笠井利浩さんたちのグループです。飲料水としての雨水の安全性をPRするため、雨水を原料にしたサイダーとソーダ(炭酸水)をつくりました。
「雨水は汚いというイメージを持っている人は多いと思いますが、浄化すれば飲むことができます」と笠井さん。雨水を資源として活用できれば、地球温暖化の影響で渇水になったり、地震で水道施設が使えなくなったりした時に役立ちます。
笠井利浩さん。右側にあるのが開発した浄化装置です=11月8日、福井市
初めてつくったのは今年6月です。福井市にある大学のキャンパス内で雨水300リットルをビニールシートで採取し、笠井さんが開発した浄化装置で処理。市内の清涼飲料水メーカーの工場で試験的に製造しました。
笠井さんによると、雨水には黄砂のような砂つぶや窒素酸化物などの大気汚染物質、細菌などが溶け込んでいます。そこで、砂粒や大気汚染物質をミクロフィルターでろ過し、細菌を紫外線で殺菌する装置を開発しました。
10月には、大学のキャンパス内で雨水500リットルを採取し、装置で浄化。販売できる程度の品質かどうかを調べてもらったところ、食品衛生法に基づく45項目の水質基準をクリアしていたといいます。浄化装置は特許を出願しています。
雨水は市内の清涼飲料水メーカーの工場で、250ミリリットル瓶のサイダー600本、ソーダ600本、通常の飲用水300本に生まれ変わりました。製造に協力してくれた団体や環境教育の講演会の参加者たちに無料で配り、雨水活用の啓発に役立てています。
雨水を原料としたドリンク。左から飲用水、ソーダ、サイダー=笠井さん提供
水道ない島に安全な雨水供給を 長崎・赤島
笠井さんは15年以上にわたり、雨水利用を研究しています。2017年からは、すべての生活用水を雨水に依存している長崎県の五島列島の離島・赤島で、安全な水の確保のために研究と活動を続けています。
赤島は五島列島の福江島の南東にある約0・5平方キロメートルの離島です。島民は十数人。電気や通信の設備はありますが、水道施設はありません。各家庭には雨水タンクが備えられ、雨水を炊事や洗濯などに使っています。
しかし近年、中国大陸からの黄砂や大気汚染物質などによる水質の悪化、気候変動による水不足などが 懸念され、安全な水の確保が課題となっています。
雨水ドリンクをつくるため、大学構内で雨水を集めました(笠井利浩さん提供)
そこで、笠井さんの研究室のメンバーは、島民が安心して暮らせるように、雨水を利用した給水システムづくりを計画。雨水を集めるための50平方メートルほどの集水面と、雨水を入れるタンク、タンクにつないだ配管と浄化装置で、島内の宿泊施設などに安全な雨水を供給します。3年かけて、すべて手作業で完成させました。
また、赤島の現状を多くの人に知ってもらおうと、19年には福井県内の子どもたちを島に招き、海水での洗米や魚の処理、五右衛門風呂など伝統的な生活の体験の場を提供しました。
笠井さんは「将来的には、島外でも普通に雨水を活用する社会を目指したい。赤島の実証実験システムは、安全な飲み水が確保できない外国にも輸出して役立てられると思う」と話しています。
赤島に設置した集水面(笠井利浩さん提供)
清潔な水をどこでも何回でも
どこでも清潔な水が出て、同じ水が何回も使える。こんな魔法のような手洗いスタンドが街なかに登場しています。開発の背景には「水が有限な資源だとわかってほしい」という思いがあります。
手洗いスタンド「WOSH(ウォッシュ)」はコンセントにはつながっていますが、上下水道にはつながっていません。約20リットルの水を繰り返し使います。使った水はフィルターを通り、塩素や紫外線でウイルスや菌を除いて、また蛇口へ。約98%の水が再利用できます。
水質の管理は各スタンド内のセンサーやシステムから送られたデータを分析して、人工知能(AI)で行います。蛇口の横にはスマートフォンを除菌できる装置もついています。
東京・渋谷駅前の「SHIBU HACHI BOX」に試験的に置かれた「WOSH」
=2020年11月
被災地で使用も
機器をつくったのは「WOTA(ウォータ)」(東京都中央区)という会社です。WOSHの前には、100リットルの水を繰り返し使える「WOTA BOX」を製品化しました。災害で断水した避難所にシャワーとして提供し、これまで2万人以上が利用したそうです。
「WOTA BOX」を使ったシャワー施設。
2019年、台風で被災した長野市の避難所に設置しました(WOTA提供)
代表取締役CEOの前田瑶介さん(29)はWOTAの製品のコンセプトを「コンパクトな浄水場」だと言います。
自身が育った四国の山間部には水道がなく、豊富な湧き水をホースで引いて使い、下水は浄化槽を通して地面に戻していました。大学入試で東京に出てきた2011年3月、東日本大震災で断水を経験。蛇口から水が出なくなると自分では何もできず、都市の水道設備のあり方に疑問を感じました。
水道や電気、ガスなど生活の基盤となるシステムは巨大で、目に見えない部分が多くなっています。使った水が排水溝に流れた後どう処理されるか、よく知らない人がほとんどです。「自分が使った資源をその場でもう一度、資源に戻す。物事のつながりを見える形にすれば、環境に対する意識も変わるのではと思う」
大学で建設設備などを学び、水道がないことが途上国では健康や貧困、治安の問題につながるようすも目にしました。WOSHは途上国でもつくれるよう、ドラム缶を使って簡単に組み立てられるようにしています。
WOSHは約1年前に商業施設や飲食店で導入が始まり、さらに医療や介護施設などにも広がっています。水道料金を下回るにはさらに普及を進め、水の再生処理のコストを下げる必要があります。
前田さんは「WOSHを見て水道の形は一つではないと知り、常識の枠をはずして発想を広げてもらえたらうれしい」と話しています。
WOTAの製品の仕組みを表した図
気候変動で安全な水がますます入手困難に ユニセフ
日本ユニセフ協会によると、2020年現在、世界で安全な水道水が自宅に届かない人は、およそ20億人(全人口の26%ほど)います。18歳未満の子どもに限ると、5人に1人が日々の生活に必要な水を十分に得られずにいる状況です。
家から1キロ離れた井戸から帰る15歳のアンジャリさん(左)。
家族のために毎日2、3回、この水くみを繰り返します
=2020年12月、インド(C)UNICEF/UN0392573/Kolar
20億人のうち1億2200万人は、池や川などの水をそのまま利用しています。こういった水をそのまま使うと、コレラや 赤痢(せきり)などの感染症にかかり、死に至る可能性もあります。
日本ユニセフ協会広報の加藤朱明子さんは「近年は水の問題が気候変動の問題と切り離せなくなっていて、とても深刻です」と話します。
加藤さんによると、2001年から18年までに発生した自然災害のうち74%が、干ばつや洪水など水に関連しています。そもそも水源が少ない地域でさらに干ばつが進んだり、洪水で井戸が汚染されたりして、水がより手に入りにくくなっています。
気候変動で、雨の量や降り方が予測しにくくなっていることも問題を悪化させています。アフリカ・ニジェールでは、ここ20年ぐらい雨季に雨が降らない状態が続いているそうです。雨が降るサイクルが変わってきていることで、現地では畑の作物がこれまで通りにとれなくなるという問題も起きています。
加藤さんは「水の問題は、ほかのさまざまな問題にまで派生します。私たちはだれもが水の問題と無関係ではありません。現状を知った上で、自分にできることがないか考えてみてほしい」と話しています。
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