エスカレーターで急ぐ人のために「片側空け」をする習慣は根強い。転倒事故を防ぐために鉄道会社や業界団体が、空いた側を歩くのをやめて「立ち止まって」と呼びかけても安全利用はなかなか浸透しない。だが、体に障害がある人などにとっては、歩く人そのものが危険な存在になることがある。誰もが安心して利用できるエスカレーターであるために、高校生が知恵を絞ったアイデアを披露するイベントが行われ、見事に最優秀賞を射止めたのは“あなたはどっち?”と呼びかける「二択作戦」だった。(編集委員 千葉直樹)
3月8日の「エスカレーターの日(※)」に、文京学院大学(東京都文京区)で「高校生が考える エスカレーターの安全な乗り方アイデア2023 プレゼンテーション大会」が行われた。
43組の応募から1次選考を通過した10組25人が、人々の心理や行動の変容を促すもの、音や映像を使ったもの、エスカレーターの構造そのものに着目したもの、など様々な切り口からアイデアを持ち寄り、発表を行った。偶然にも25人は全員が女性。大学教授、鉄道会社、メーカー、視覚障害者の関係団体など各分野の代表が審査を行い、最優秀賞に選ばれたのは都立両国高校2年、村上
エスカレーターの乗り口の床に「質問文」のデザインを施す。質問は、例えば「好きな季節は夏?冬?」「あなたはしょうゆ派、それともソース派?」というように、一瞬で判別できて、意見が大きく分かれそうなシンプルな二択が良い。選択肢は夏をA、冬をBとして、エスカレーターの踏み板面(ステップ)の左右にA、Bとデザインする。乗る直前に足元の質問が目に入った利用者が減速し、そこから二択で左右に振り分けられることでほどよく人が分散し、駆け上がりや駆け下りを防止する(図1、2)。
村上さんは「なぜ正しい乗り方が浸透しないのか。そもそも、呼びかけや啓発活動が気づかれていない、また周囲の目を気にして正しい乗り方を実践できないのではと考え、解決するためには、エスカレーターの利用時に必ず目につく〈アナウンス〉」が必要だと思いました」と言う。
デザインを施すだけで、装置改修の必要がないのでコストを抑えられる、また、真正面から警告するのではなく、自然と乗り方を変えてしまう設計にすることで、エスカレーターの正しい乗り方が長期的に定着しやすいのではないかという利点もしっかりと明示した村上さんのプレゼン能力はかなりのもの。「私自身も利用時に周囲を気にしてしまうことがあるが、他の人のことも考えて安全な乗り方を意識してもらえればうれしい」と受賞を喜んだ。
イベントを主催した文京学院大学では、経営学部の新田都志子教授(消費者行動論)の研究室が2017年からエスカレーターを安全に利用できる乗り方を提案してきた。ビジュアルデザインなどを活用し、ステップの前後左右に互い違いに足形をデザインして、利用者の視覚に訴える「ジグザグ乗り」もそうした活動から生まれたものだ。
新田さんがこの問題に本格的に取り組むきっかけとなったのは、左半身が不自由な女性との出会いだった。「本当は右側に立ちたいのに、人の邪魔になるからといって左側に立って、少しだけ自由な右手をクロスさせて左側の手すりを持つということをリハビリで練習した、そんな話を聞いて、こんな理不尽なことが世の中にあっていいのだろうかと思いました」
人々が思い込んで定着している行動を変えることは難しいが、デザインやビジュアルで活路を見いだせないか。年代別アンケートで、10代の若者の多くが両側に乗ることに反対であるという結果を知った新田さんは、若者への理解促進をすることがこの活動の趣旨だと思った。「ならば当事者の若者に聞いてみよう」と高校生からアイデアを募り、大学生たちが助言を加えるなどして案を磨き上げ、今回のイベントが実現した。
以下、最優秀賞以外の9つのアイデアも紹介する。
(1)立体的に見える絵画「トリックアート」を使い、「私たちが踏みたくないもの=カルガモの親子」の絵をエスカレーターに施す(最優秀賞の村上さんも別案で「犬と猫のデザイン」を提案)
(2)スキーのリフト、観覧車のゴンドラの動きをイメージした、個室型の「ドームエスカレーター」
(3)転落事故などを防ぐために、既存の手すりの下に小さい子供向けの手すりを設置する
(4)「エスカレーターをかわいくしよう」……イラストと温度変化で色の変わる「つかみたくなる手すり」
(5)ステップの足形に乗るとセンサーに反応して音が鳴り、人が乗るたびに音が続いて曲が完成する。歩きながら乗ると、「デデーン」というエラー音
(6)手すりにICカードリーダーを埋め込み、かざし続けることでエスカレーターに乗りながら「ポイ活」(ポイント活動)ができる
(7)エスカレーターと遊園地のアトラクションをコラボして、歩かずにイラスト探しを楽しむ
(8)車道で減速を促すために使われている「イメージハンプ」を用い、視覚効果に訴える
(9)「プロジェクションマッピング」を使い、ステップの足形に立つと足元に花が咲く……歩行を抑制し、端っこに立つことでの巻き込まれ事故を防ぐ
実現の可能性はともかく、何とも夢のある中身ではないか。審査委員長を務めた島田昌和・文京学院学院長は、「斬新でレベルの高い発表に驚かされた。大人になると、これは無理とか、利益はあるのかとか、リアルなところ、枠にはめるところから発想してしまうが、高校生のアイデアは、人をわくわくさせる、うきうきさせる、そういう考えからスタートしているところが素晴らしい」と総括した。
エスカレーターの製造や保守などを手掛ける日立ビルシステム取締役の高橋達法さんは、最優秀賞の「二択」はもちろん、イメージハンプやセンサー音のアイディアにも大きな興味を持ったと話す。「常識にとらわれない発想、プレゼン能力に驚きました。私たちメーカーでも顧客と協力して手すりやステップに歩行抑止のためのデザインや文字を施す試みをしていますが、高校生のアイディアもぜひ参考にしたいですね」
日本エレベーター協会の調査によると、エスカレーター事故の原因は16~59歳では「乗り方の不良」(手すりを持たない、黄色の線からはみ出す、階段上の歩行など)が全体の5割強となり、「巻き添え」による事故も全体の3%あった。事故に遭う人の年齢別割合では60歳以上が全体の約半数を占めている。
各鉄道会社では十数年前から駅構内にポスターを掲示するなどエスカレーター利用についての啓発活動を行ってきた。埼玉県では全国に先駆けて「エスカレーターでは歩かない」ことを利用者に求める県条例が2021年10月に施行された。罰則規定はないが、毎年夏に18歳以上の県民5000人を対象に実施している県政世論調査(回収率は21年が55%、22年が50%)では、「駅でエスカレーターを歩いて利用する」という人が、条例施行後の調査では施行前に比べて10ポイント減ったというデータもある。
だが、まだまだ道半ばである。いったん定着した習慣を変えることは容易ではない。エスカレーターの歴史や「片側空け」の問題に詳しい文化人類学者の斗鬼正一さん(江戸川大学名誉教授)は「徐々に人々の意識は変わっていくのかもしれないが、なかなか突き抜けてはいけない。だが、むしろ時間がかかっても良いのではないか。法律で禁止して罰則をつければすぐになくなるのだろうが、果たしてそれが本当に良いことなのか。高校生が提案していた『かわいい』『たのしい』、そういう中で社会を変えていくことが良い方法だと思う」と話している。
(※「エスカレーターの日」は1914年3月8日に東京・上野の大正博覧会の会場に日本初のエスカレーターが設置され、運転試験が行われたことにちなんで制定されたという=諸説あり)
からの記事と詳細 ( エスカレーターの安全な乗り方を「楽しく」「かわいく」…考えた ... - 読売新聞オンライン )
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